ここはゴミ箱です
本日の一冊
レイチェル・カーソン,上遠恵子訳:センス・オブ・ワンダー,2001.8.5,東京,新潮社
沈黙の春で有名な(でも実は読んだことない)レイチェル・カーソン.1964年に56歳で死去した彼女のセンス・オブ・ワンダーは,「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」という親向けの連載として執筆&発表された文を,彼女の死1年後に友人達がまとめ,写真をつけて出版したというものです.
この日本語版は,原文も美しく詩的なんだろうなと思わせる,優しく美しい訳文でした.題名となった言葉をわたしは「不思議を見つける感性」と解釈しましたが,「神秘や不思議さに目を見はる感性」と本文では訳されていましたね.
甥(というか姪の息子らしいんですが)のロジャーと視線を合わせて一緒に森や海を歩いて,彼の感じたものを彼女も感じ,なにかを教えることよりも、いっしょに楽しむことを大切にする彼女の考えが全面に現れた本でした.文もきれいだし,短いし,人に勧めたくなる本ですね.
ところで昨日ひとこと触れようとして忘れていたのですが,サイトが33333Hit超えていました.えっと……確か先週? 気づいていなかったわけではなく忘れていただけで.ありがとうございます.のろのろ地味に続いています.キリ番も……リクエスト待ってます! ってね!
レイチェル・カーソン,上遠恵子訳:センス・オブ・ワンダー,2001.8.5,東京,新潮社
沈黙の春で有名な(でも実は読んだことない)レイチェル・カーソン.1964年に56歳で死去した彼女のセンス・オブ・ワンダーは,「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」という親向けの連載として執筆&発表された文を,彼女の死1年後に友人達がまとめ,写真をつけて出版したというものです.
この日本語版は,原文も美しく詩的なんだろうなと思わせる,優しく美しい訳文でした.題名となった言葉をわたしは「不思議を見つける感性」と解釈しましたが,「神秘や不思議さに目を見はる感性」と本文では訳されていましたね.
甥(というか姪の息子らしいんですが)のロジャーと視線を合わせて一緒に森や海を歩いて,彼の感じたものを彼女も感じ,なにかを教えることよりも、いっしょに楽しむことを大切にする彼女の考えが全面に現れた本でした.文もきれいだし,短いし,人に勧めたくなる本ですね.
ところで昨日ひとこと触れようとして忘れていたのですが,サイトが33333Hit超えていました.えっと……確か先週? 気づいていなかったわけではなく忘れていただけで.ありがとうございます.のろのろ地味に続いています.キリ番も……リクエスト待ってます! ってね!
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更新小説「あなたのしもべはあなたを愛し」より
7月に入っちまいましたね.
どうも,いい加減まとめページを作ろうかなと思うくらいに続いています.どうしようかなこれシリーズです.
神父さまと三男と4人の男の話なので,4作続く予定.
ちなみに順番は上司→長男→当主→狼男.
いま次の長男で苦戦しています.三男じゃないんだから必要以上に神父さまにメロさせるわけにはいかないんだが,書いているわたしがメロっているから無理だ……(遠い目)
蒸し暑い日が続いていますね.腕が筋肉痛な理由が分からんと今日一日思っていたのですが,そういえば昨日重い机運んだなって今気づいた.
7月に入っちまいましたね.
どうも,いい加減まとめページを作ろうかなと思うくらいに続いています.どうしようかなこれシリーズです.
神父さまと三男と4人の男の話なので,4作続く予定.
ちなみに順番は上司→長男→当主→狼男.
いま次の長男で苦戦しています.三男じゃないんだから必要以上に神父さまにメロさせるわけにはいかないんだが,書いているわたしがメロっているから無理だ……(遠い目)
蒸し暑い日が続いていますね.腕が筋肉痛な理由が分からんと今日一日思っていたのですが,そういえば昨日重い机運んだなって今気づいた.
本日の2冊
シェル・シルヴァスタインさくえ,ほんだきいちろうやく:おおきな木,1976.12.東京,篠崎書林
セイモア・チュウェイスト,ミルトン・グレイサー,バリー・ツェイド画:マザーグース;イギリスのわらべうた,1980.4.20,第7刷,ほるぷ出版 pp.46-47 「メリーちゃんと こひつじ」の部分
いつもちゃんと事前に声を出して読む練習はしているのですが,今回はちょっと念入りに練習してみました,朝読みです.毎回の自分勝手設定は「愛」.うん,臭いから絶対口にはしないけど,書いてたら同じさ! 「愛」だよ!
って,そこでちょっと高学年向けに選んだのが「おおきな木」ね.正直自分でもこれをどう解釈していいか分からないし,名作だ! って声を大きくして言えるわけでもないんだけど,こういうものを小学生のうちに読んで,「あー、結局なに言いたいの?」と思って中学・高校でもう一回読んで「もしかしてこういうこと?」と考えて,大学とか社会人で「なに、また分かんなくなった」ってぐるぐるするのっていいと思うんだ.少なくとも一回読んで「あ、こういうことか。うん分かった、じゃあ」って別れて欲しくはないんだな.……もちろんそんなこと,口じゃ言わないけど.
どんな解釈も許される本だから、今自分が考えていることを声とか調子に出さないように読むのは神経使いました.これでも.「だけど それはほんとかな。」の語尾を上げるのと上げないのとでは,聞いてて全然違うと思うんだ.初めてこの本に出会った子に,どっちともとれる言い方で読むのは難しいけど,そういう風に読まなきゃと思ったんです.……えぇ,上手く読めたかどうかは分かりませんが.
シェル・シルヴァスタインさくえ,ほんだきいちろうやく:おおきな木,1976.12.東京,篠崎書林
セイモア・チュウェイスト,ミルトン・グレイサー,バリー・ツェイド画:マザーグース;イギリスのわらべうた,1980.4.20,第7刷,ほるぷ出版 pp.46-47 「メリーちゃんと こひつじ」の部分
いつもちゃんと事前に声を出して読む練習はしているのですが,今回はちょっと念入りに練習してみました,朝読みです.毎回の自分勝手設定は「愛」.うん,臭いから絶対口にはしないけど,書いてたら同じさ! 「愛」だよ!
って,そこでちょっと高学年向けに選んだのが「おおきな木」ね.正直自分でもこれをどう解釈していいか分からないし,名作だ! って声を大きくして言えるわけでもないんだけど,こういうものを小学生のうちに読んで,「あー、結局なに言いたいの?」と思って中学・高校でもう一回読んで「もしかしてこういうこと?」と考えて,大学とか社会人で「なに、また分かんなくなった」ってぐるぐるするのっていいと思うんだ.少なくとも一回読んで「あ、こういうことか。うん分かった、じゃあ」って別れて欲しくはないんだな.……もちろんそんなこと,口じゃ言わないけど.
どんな解釈も許される本だから、今自分が考えていることを声とか調子に出さないように読むのは神経使いました.これでも.「だけど それはほんとかな。」の語尾を上げるのと上げないのとでは,聞いてて全然違うと思うんだ.初めてこの本に出会った子に,どっちともとれる言い方で読むのは難しいけど,そういう風に読まなきゃと思ったんです.……えぇ,上手く読めたかどうかは分かりませんが.
本日の一冊
シェイクスピア,松岡和子訳:ハムレット;シェイクスピア全集1,2003.7.10,第6刷,東京,筑摩書店
訳の違いを注記と書いてくれているのはとても親切,とマクベスに続いてハムレットを借りて,自分で持っている福田氏の訳と比べてみたりしました.松岡さんはハムレットを結構体育会系だとおっしゃっておりましたが(快読シェイクスピアかな?),そう,松岡さんの訳だとそういう風に感じました.あー,でもほんまもん体育会系はメモ取り出して,「これは書き取っておこう」なんて言わないか.あくまで「結構」体育会系の範囲なんですね.分かります.
読み直すと,ホレイショーってなんでこの劇にいるのか,劇中の人物とは思えない役ですね.亡霊をきちんと目にすることができて,話しかけて,ハムレットの狂気の理由も分かっていて,でも途中はまったく出てこなかったり.劇中劇のシーン,そして最後の決闘のシーンを見守るんだけど,この人は果たしてハムレット達と同じフィールドに立っているのかと感じてしまうような…….ハムレットは彼の冷静さを羨んでいるというか,尊敬しているようですけど,ホレイショーは劇の中にいる観客っぽい.というか,劇中に紛れ込んだ観客視点なのではないかっていうのは既に指摘されてるところですね.そういう風に読むと,この人の役って難しいんだろうなぁと思ったりました.
そして読み返すたびに,墓堀最高(プルプル)って思う.
シェイクスピア,松岡和子訳:ハムレット;シェイクスピア全集1,2003.7.10,第6刷,東京,筑摩書店
訳の違いを注記と書いてくれているのはとても親切,とマクベスに続いてハムレットを借りて,自分で持っている福田氏の訳と比べてみたりしました.松岡さんはハムレットを結構体育会系だとおっしゃっておりましたが(快読シェイクスピアかな?),そう,松岡さんの訳だとそういう風に感じました.あー,でもほんまもん体育会系はメモ取り出して,「これは書き取っておこう」なんて言わないか.あくまで「結構」体育会系の範囲なんですね.分かります.
読み直すと,ホレイショーってなんでこの劇にいるのか,劇中の人物とは思えない役ですね.亡霊をきちんと目にすることができて,話しかけて,ハムレットの狂気の理由も分かっていて,でも途中はまったく出てこなかったり.劇中劇のシーン,そして最後の決闘のシーンを見守るんだけど,この人は果たしてハムレット達と同じフィールドに立っているのかと感じてしまうような…….ハムレットは彼の冷静さを羨んでいるというか,尊敬しているようですけど,ホレイショーは劇の中にいる観客っぽい.というか,劇中に紛れ込んだ観客視点なのではないかっていうのは既に指摘されてるところですね.そういう風に読むと,この人の役って難しいんだろうなぁと思ったりました.
そして読み返すたびに,墓堀最高(プルプル)って思う.
木曜日のことですけれど,お仕事終わってすぐに職場を出て,小走りでバス停へ向かい,来ていたバスになんとか滑り込み(一旦しまってたのに「はい、乗ってくださ〜い」と開けてもらった。恥ずかしい),JRと地下鉄を乗り継いで国会図書館へ.
国民読書年のイベントということで,HP(一応ほぼ毎日チェックしている)に出ていた時に「うわぁ!」と申し込んで,果たして開演までに職場を出て間に合うのかというのを考えつつも実行.結果,快速を使えば間に合うことが判明.時間的に夕飯を食ってからというわけにいかなかったので,ホームでパンをかっ込んで,結局公演終わってから家の近くのファミレスで夕飯.
さて,シェイクスピアは中学生の頃にはまって,貪るように読んだ時期がありましたが,劇の形では観たことがなく,こういう朗読劇という形のものを聞くのも初めて.どういうもんかしら,とわくわくしながらまずは上智の先生のお話を聞き,それから5人の男性が朗読する本番へ.
これのために「マクベス」を久しぶりに違う訳で読み返したりしていましたので,多少端折られていようともストーリーは難なく頭に入ってきました.比較的短いマクベスの劇でも,真面目に全部拾えば2時間は軽く超えるところを,今回は省略しつつ1時間半.まず最初のダンカン王に戦況を報告する将と,三人の魔女のシーンがひとつにまとめられて始まりました.
やはり黙読するのと,音読して芝居が入るのとでは気づくことが違うなぁというのが,知識としてはシェイクスピアの時代に女優がいなかったことは知っていて,よく少年が女の役をやるって,それで劇中の女役が男装しているって(「間違いの喜劇」か)それを客が観てによによしてたんだとか,そういう話は知っていたのに,この「マクベス」に出てくる重要な女性「マクベス夫人」も男性が演じていたというのはさっぱり頭に浮かばず,今回実際に男の方が読んでいるのを聞いて「あぁ」と思いました.
というのも,松岡さんの訳の「マクベス」を読んだ時
http://agnus.blog.shinobi.jp/Entry/287/
にも指摘されていましたが,マクベスと夫人の運命共同体的な一体感というのは,実際には一人の人物の二面性を表しているとしてもおかしくないわけで.実際には台詞の多さから無理なんでしょうけど,マクベスと夫人は1人の男性が演じてもいいと感じたのです.不気味な劇にはなるかもしれないですが,全体が崩れたりはしないと思うんですよね.って,誰かすでに演じているかもしれないですが.
でもこういうのって,やっぱり目の前で演じられて初めて気づくっていうか.マクベス夫人の台詞に「みっともない」だったかな? この言葉が何回も出て来て,それはテキストとして拾うよりも,耳に入ってこそ「あぁ、また言っている(マクベス側なら言われている)」と思うものではないかな.
あと,マグダフの妻子が殺される部分は完全に端折られていましたね.それと,老人,お医者さんの役はなくなっていたかな.王子とマグダフのやりとりも大部分カット.でも最後に魔女3人が再び登場して,今度は誰に呪いを吹き込もうかって相談するシーンが追加されていました.これは追加するのがいいのか悪いのか個人的には悩むところですが,「これを最後に持ってくるのか!」という気づきはやはりありましたね.
さて,こうなってくると「史上最大のおしゃべり」ハムレットの劇も是非観てみたい.
国民読書年のイベントということで,HP(一応ほぼ毎日チェックしている)に出ていた時に「うわぁ!」と申し込んで,果たして開演までに職場を出て間に合うのかというのを考えつつも実行.結果,快速を使えば間に合うことが判明.時間的に夕飯を食ってからというわけにいかなかったので,ホームでパンをかっ込んで,結局公演終わってから家の近くのファミレスで夕飯.
さて,シェイクスピアは中学生の頃にはまって,貪るように読んだ時期がありましたが,劇の形では観たことがなく,こういう朗読劇という形のものを聞くのも初めて.どういうもんかしら,とわくわくしながらまずは上智の先生のお話を聞き,それから5人の男性が朗読する本番へ.
これのために「マクベス」を久しぶりに違う訳で読み返したりしていましたので,多少端折られていようともストーリーは難なく頭に入ってきました.比較的短いマクベスの劇でも,真面目に全部拾えば2時間は軽く超えるところを,今回は省略しつつ1時間半.まず最初のダンカン王に戦況を報告する将と,三人の魔女のシーンがひとつにまとめられて始まりました.
やはり黙読するのと,音読して芝居が入るのとでは気づくことが違うなぁというのが,知識としてはシェイクスピアの時代に女優がいなかったことは知っていて,よく少年が女の役をやるって,それで劇中の女役が男装しているって(「間違いの喜劇」か)それを客が観てによによしてたんだとか,そういう話は知っていたのに,この「マクベス」に出てくる重要な女性「マクベス夫人」も男性が演じていたというのはさっぱり頭に浮かばず,今回実際に男の方が読んでいるのを聞いて「あぁ」と思いました.
というのも,松岡さんの訳の「マクベス」を読んだ時
http://agnus.blog.shinobi.jp/Entry/287/
にも指摘されていましたが,マクベスと夫人の運命共同体的な一体感というのは,実際には一人の人物の二面性を表しているとしてもおかしくないわけで.実際には台詞の多さから無理なんでしょうけど,マクベスと夫人は1人の男性が演じてもいいと感じたのです.不気味な劇にはなるかもしれないですが,全体が崩れたりはしないと思うんですよね.って,誰かすでに演じているかもしれないですが.
でもこういうのって,やっぱり目の前で演じられて初めて気づくっていうか.マクベス夫人の台詞に「みっともない」だったかな? この言葉が何回も出て来て,それはテキストとして拾うよりも,耳に入ってこそ「あぁ、また言っている(マクベス側なら言われている)」と思うものではないかな.
あと,マグダフの妻子が殺される部分は完全に端折られていましたね.それと,老人,お医者さんの役はなくなっていたかな.王子とマグダフのやりとりも大部分カット.でも最後に魔女3人が再び登場して,今度は誰に呪いを吹き込もうかって相談するシーンが追加されていました.これは追加するのがいいのか悪いのか個人的には悩むところですが,「これを最後に持ってくるのか!」という気づきはやはりありましたね.
さて,こうなってくると「史上最大のおしゃべり」ハムレットの劇も是非観てみたい.