ここはゴミ箱です
本日の一冊
エミリー・アーノルド・マッカリー作絵,津森優子訳:つなのうえのミレット,20134,初版第1刷,東京,文渓堂
12月の絵本を……と思いましたが思惑どおりの時間に収まらず,どうしようと思っていたところでたまたま見つけた絵本を読みました.表紙でつなを渡ろうと両腕でバランスをとり,足を一歩踏み出す少女の絵がとても爽やかで,どういう絵本かなと思ったのですが,1993年のコールデコット賞受賞作がようやく翻訳されたようですね.
ミレットは母親を手伝って宿屋の仕事をこなす働き者の少女です.その宿屋にやってきたひとりの男.引退した綱渡り師のベリーニが,洗濯物干しの綱の上を渡っている姿を見て,彼女は一目で虜になるのでした.少女と引退した綱渡り師の心の交流,師と弟子の絆.諦めずに好きなことを追求することの喜びと苦悩が,最終学年の子ども達にどう響いたでしょうか.
星空の中,綱の上でミレットに手を伸べるベリーニと,夢の中にいるかのように手を広げるミレットの絵がとても素敵でした.
エミリー・アーノルド・マッカリー作絵,津森優子訳:つなのうえのミレット,20134,初版第1刷,東京,文渓堂
12月の絵本を……と思いましたが思惑どおりの時間に収まらず,どうしようと思っていたところでたまたま見つけた絵本を読みました.表紙でつなを渡ろうと両腕でバランスをとり,足を一歩踏み出す少女の絵がとても爽やかで,どういう絵本かなと思ったのですが,1993年のコールデコット賞受賞作がようやく翻訳されたようですね.
ミレットは母親を手伝って宿屋の仕事をこなす働き者の少女です.その宿屋にやってきたひとりの男.引退した綱渡り師のベリーニが,洗濯物干しの綱の上を渡っている姿を見て,彼女は一目で虜になるのでした.少女と引退した綱渡り師の心の交流,師と弟子の絆.諦めずに好きなことを追求することの喜びと苦悩が,最終学年の子ども達にどう響いたでしょうか.
星空の中,綱の上でミレットに手を伸べるベリーニと,夢の中にいるかのように手を広げるミレットの絵がとても素敵でした.
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本日の一冊
ジョージ・R・R・マーティン著;酒井昭伸訳:竜との舞踏3;氷と炎の歌5.2013.11.25.初版,東京.早川書房
うおおい,ここで終わるのかおい.次出るのいつだよ〜.
っていう感想です.
ジョンとデナーリスが中心といっていい展開になってきましたが,ちゃんとティリオンもアリアも出ます.でもブロンのことも気になっているのですが,確かにこんな風に描き出したらきりがないというか.著者一人で何人分の人生描けばいいんですかって感じになるので,伸びる気持ちも分かりますが次をなるたけ早く出してくださいお願いします(一気).
はぁ,原作が出てないから当然次が日本語で出るのもまだまだ…….
でもテレメアの次が出るようですね.こっちもちゃんと完結まで進んで欲しいところ.
ジョージ・R・R・マーティン著;酒井昭伸訳:竜との舞踏3;氷と炎の歌5.2013.11.25.初版,東京.早川書房
うおおい,ここで終わるのかおい.次出るのいつだよ〜.
っていう感想です.
ジョンとデナーリスが中心といっていい展開になってきましたが,ちゃんとティリオンもアリアも出ます.でもブロンのことも気になっているのですが,確かにこんな風に描き出したらきりがないというか.著者一人で何人分の人生描けばいいんですかって感じになるので,伸びる気持ちも分かりますが次をなるたけ早く出してくださいお願いします(一気).
はぁ,原作が出てないから当然次が日本語で出るのもまだまだ…….
でもテレメアの次が出るようですね.こっちもちゃんと完結まで進んで欲しいところ.
本日の二冊
オー・ヘンリー文,リスベート・ツヴェルガー画,矢川澄子訳:賢者のおくりもの,2009.11.24,第29刷,東京,冨山房
瀬田貞二再話,赤羽末吉画:かさじぞう,2009.11.20,第90刷,東京,福音書館
さて,12月今年も最後だし,何を読むかと思い絵本を探したわけですが,『賢者のおくりもの』は絵本をよく見てはいたけれど,中を開いて読んだことがないわと思って,クリスマスのお話だしいいかな〜と思ったのですが,残念ながら読み聞かせには時間がオーバーしてしまうのですね.
話は知っているくせに,実はまともに読んだことがなかったのでは? と今回手にして思いました.表紙は知っているのに,中の絵はほとんど知らない.うーん,絵本の紹介本では見たが,読んだことはなかった系だろうか.いいお話だし,時期的にもぴったりなんですが……長い.
『かさじぞう』も年末のお話だし,赤羽さんの絵だしいいかな〜と思ったのですが,今度は一冊で読むには少し短い…….私が知っている話では最後の地蔵さんには笠がなくて,おじいさんの手拭を被せてあげていたように思いますが,このお話では自分の被っていた笠を被せていました.どちらにせよ,雪の中荷物を引いてくる地蔵さんが可愛い.好きな話ですが,今回は見合わせです.
それにしても,階段を9階から2階まで降りたら筋肉痛って…….足痛いよ(メソメソ).
オー・ヘンリー文,リスベート・ツヴェルガー画,矢川澄子訳:賢者のおくりもの,2009.11.24,第29刷,東京,冨山房
瀬田貞二再話,赤羽末吉画:かさじぞう,2009.11.20,第90刷,東京,福音書館
さて,12月今年も最後だし,何を読むかと思い絵本を探したわけですが,『賢者のおくりもの』は絵本をよく見てはいたけれど,中を開いて読んだことがないわと思って,クリスマスのお話だしいいかな〜と思ったのですが,残念ながら読み聞かせには時間がオーバーしてしまうのですね.
話は知っているくせに,実はまともに読んだことがなかったのでは? と今回手にして思いました.表紙は知っているのに,中の絵はほとんど知らない.うーん,絵本の紹介本では見たが,読んだことはなかった系だろうか.いいお話だし,時期的にもぴったりなんですが……長い.
『かさじぞう』も年末のお話だし,赤羽さんの絵だしいいかな〜と思ったのですが,今度は一冊で読むには少し短い…….私が知っている話では最後の地蔵さんには笠がなくて,おじいさんの手拭を被せてあげていたように思いますが,このお話では自分の被っていた笠を被せていました.どちらにせよ,雪の中荷物を引いてくる地蔵さんが可愛い.好きな話ですが,今回は見合わせです.
それにしても,階段を9階から2階まで降りたら筋肉痛って…….足痛いよ(メソメソ).
本日の一冊
アブー・ヌワース,塙治夫編訳:アラブ飲酒詩選,1988.1.18,第1刷,東京,岩波書店
えっと,ルバイヤートを読んだので,アラブの詩ということで岩波文庫の並びを見ていたらこんな本を見つけました,みたいな.題名奮ってるわと思って思わず借りてしまいましたが,面白かったです.
アブー・ヌワースは8世紀から9世紀にかけての詩人で,その詩の通り大変なのんべえだったようです.
この詩選も,半分位は飲酒詩,つまりお酒を飲むことを喜びとして,お酒を讃えたたり,禁酒の戒律なんてクソ喰らえだぜって言ってみたり,その耽溺っぷりを隠しもしないという俗物っぽさが全面に出ています.
オマル・ハイヤーム(オーマー・カイヤム)もお酒を嗜んでいましたが彼の場合は何となく漂う諦めというか,憂鬱な雰囲気がアンニュイな感じがあふれていました.
それに対してこのヌワースの詩は酒を嗜むなんて程度ではなくって,まさに溺れているというか.もうこれって中毒に近いよね? っていう感じ.でもそれが楽しそうだったりするんだな.
恋した女性に冷たくあしらわれてお酒と男色に溺れたっぽいようなところもありますが,年をとってからはお酒を飲んだことをアッラーに許してもらえるように嘆願する詩を作ってもいるようです.本気だったのか,それとも皮肉だったのか……?
これから忘年会シーズンですし,少し彼を真似して酒を楽しむこともありかなと思ったり(もちろん飲みすぎはいけません!!)
アブー・ヌワース,塙治夫編訳:アラブ飲酒詩選,1988.1.18,第1刷,東京,岩波書店
えっと,ルバイヤートを読んだので,アラブの詩ということで岩波文庫の並びを見ていたらこんな本を見つけました,みたいな.題名奮ってるわと思って思わず借りてしまいましたが,面白かったです.
アブー・ヌワースは8世紀から9世紀にかけての詩人で,その詩の通り大変なのんべえだったようです.
この詩選も,半分位は飲酒詩,つまりお酒を飲むことを喜びとして,お酒を讃えたたり,禁酒の戒律なんてクソ喰らえだぜって言ってみたり,その耽溺っぷりを隠しもしないという俗物っぽさが全面に出ています.
オマル・ハイヤーム(オーマー・カイヤム)もお酒を嗜んでいましたが彼の場合は何となく漂う諦めというか,憂鬱な雰囲気がアンニュイな感じがあふれていました.
それに対してこのヌワースの詩は酒を嗜むなんて程度ではなくって,まさに溺れているというか.もうこれって中毒に近いよね? っていう感じ.でもそれが楽しそうだったりするんだな.
恋した女性に冷たくあしらわれてお酒と男色に溺れたっぽいようなところもありますが,年をとってからはお酒を飲んだことをアッラーに許してもらえるように嘆願する詩を作ってもいるようです.本気だったのか,それとも皮肉だったのか……?
これから忘年会シーズンですし,少し彼を真似して酒を楽しむこともありかなと思ったり(もちろん飲みすぎはいけません!!)
本日の一冊
J.P.ヴェルナン,吉田敦彦:プロメテウスとオイディプス;ギリシァ的人間観の構造,1978.2.24,[初版],東京,みすず書房
『はじめてのギリシア悲劇』が面白かったので,もう少しギリシア悲劇の本を読んでみようと思いまして,よくファンタジー小説などでも出てくることの多いプロメテウスがタイトルにあった本書を選びました.
取り上げられているのはアイスキュロスの「縛られたプロメテウス」.そしておそらくはその続編となる、「解放されたプロメテウス」の二作が主で,それらのプロメテウス像とヘシオドスの「神統記」「仕事と日々」とが比べられています.
当時の女性の地位の低さもあったでしょうが,ヴェルナン氏の解説によるところの女性の扱いは読んでいても腹立たしい(ギリギリ).でもプロメテウスが「前もって考える、先を見通す能力を持っている」ことと,その弟エピメテウスが「後から考える、つまり手遅れになってはじめて気が付く者」であり,すなわち人の知恵とは神の叡知には及ばないという解釈は面白いと思いました.所詮浅はかなりということなのか,人知が及ばないということなのか.
いずれにせよ,「ヒュッポリュトス」でも思いましたが,神々はとても理不尽.
そういう理不尽さの極致がソポクレスの「オイディプス王」ではないかと.そもそも事の発端というか,なぜオイディプスは自身の罪科なく,父殺しや母との結婚という呪いを受けなければならなかったのか.スフィンクスの謎を解き,知らず殺した父王の後を継いで王になりはしたけれど,驕りというほど驕っても,神を侮ってもいなかったと思うのに.
しかし劇中の彼の台詞が最初から”本人にとっては無自覚に”しかし”観客にとっては明示的に”二重の意味を持つというのは,この解説を読んでいて本当に驚きました.いや,実際は『はじめてのギリシア悲劇』にあったように,これらディオニュソスの祭典で演じられた悲劇は必ず皆が知っている神話を題材にするという前提があったのですから,”観客が知っている”ことを前提に劇も台詞も組み立てることができるんでしょうが,よく考えられているなぁと.
オイディプスは王から一転して穢れた盲目の罪人となり,自ら望んだこととはいえ,国から災いを払うために追い出されるというのは,つまり穢れを一人に集めて外に出すということ.それを考えると,彼が幼少時に殺された(実際は助かっているのですが)ことによって,彼は一旦死者となったのかもしれないなとも思います.そんな死者が再び親殺しの罪を負って戻ってきて,母と結婚して国に一時の繁栄と災いをもたらした.そして再び災いを払うために国を出るという.なんとなくマレビトという言葉を思い出しました.彼はこの国の生まれであるにも関わらず,この国の王であったにも関わらず,異邦人だったのではないかな,なんて.
J.P.ヴェルナン,吉田敦彦:プロメテウスとオイディプス;ギリシァ的人間観の構造,1978.2.24,[初版],東京,みすず書房
『はじめてのギリシア悲劇』が面白かったので,もう少しギリシア悲劇の本を読んでみようと思いまして,よくファンタジー小説などでも出てくることの多いプロメテウスがタイトルにあった本書を選びました.
取り上げられているのはアイスキュロスの「縛られたプロメテウス」.そしておそらくはその続編となる、「解放されたプロメテウス」の二作が主で,それらのプロメテウス像とヘシオドスの「神統記」「仕事と日々」とが比べられています.
当時の女性の地位の低さもあったでしょうが,ヴェルナン氏の解説によるところの女性の扱いは読んでいても腹立たしい(ギリギリ).でもプロメテウスが「前もって考える、先を見通す能力を持っている」ことと,その弟エピメテウスが「後から考える、つまり手遅れになってはじめて気が付く者」であり,すなわち人の知恵とは神の叡知には及ばないという解釈は面白いと思いました.所詮浅はかなりということなのか,人知が及ばないということなのか.
いずれにせよ,「ヒュッポリュトス」でも思いましたが,神々はとても理不尽.
そういう理不尽さの極致がソポクレスの「オイディプス王」ではないかと.そもそも事の発端というか,なぜオイディプスは自身の罪科なく,父殺しや母との結婚という呪いを受けなければならなかったのか.スフィンクスの謎を解き,知らず殺した父王の後を継いで王になりはしたけれど,驕りというほど驕っても,神を侮ってもいなかったと思うのに.
しかし劇中の彼の台詞が最初から”本人にとっては無自覚に”しかし”観客にとっては明示的に”二重の意味を持つというのは,この解説を読んでいて本当に驚きました.いや,実際は『はじめてのギリシア悲劇』にあったように,これらディオニュソスの祭典で演じられた悲劇は必ず皆が知っている神話を題材にするという前提があったのですから,”観客が知っている”ことを前提に劇も台詞も組み立てることができるんでしょうが,よく考えられているなぁと.
オイディプスは王から一転して穢れた盲目の罪人となり,自ら望んだこととはいえ,国から災いを払うために追い出されるというのは,つまり穢れを一人に集めて外に出すということ.それを考えると,彼が幼少時に殺された(実際は助かっているのですが)ことによって,彼は一旦死者となったのかもしれないなとも思います.そんな死者が再び親殺しの罪を負って戻ってきて,母と結婚して国に一時の繁栄と災いをもたらした.そして再び災いを払うために国を出るという.なんとなくマレビトという言葉を思い出しました.彼はこの国の生まれであるにも関わらず,この国の王であったにも関わらず,異邦人だったのではないかな,なんて.