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ここはゴミ箱です
本日の三冊

ダン・ブラウン,越前敏弥訳:天使と悪魔;上中下,2009.5.30,25版,東京,角川書店

電車での移動時間を利用して今週末で読みました.ダ・ヴィンチ・コードの映画後にこの方の本がかなり連続して平積みされたと思うのですが,その時手に取ろうかと思って保留し,映画化されると知った時にまた手に取ろうかと思って保留し…….結局なんでかこんなタイミングです.

さて,ラングドン教授が主役の作品としてはこちらの方がダ・ヴィンチ・コードより先なんですね.教授と美女.そして信仰と科学.ふむ,好きだね〜.もはやダ・ヴィンチ・コードの方は記憶が……なんですが,こっち(天使と悪魔)の方が面白いかな,という気がします.あ,流れはいっしょなんですけどね? 謎を追って,暗殺者とカチンコして,その後は黒幕とガチンコするっていう.

この系統の話はパターンがもう決まっているというか,打ち破る人がいないのでとても残念ですが,もっと残念なのは読み慣れると残りページであと何回どんでん返しが来るかよめてしまうこと.……うん,自分でも面白くない読み方してると思う.でも考えちゃうんだ.残りページの厚みを見た途端に.「あ、ここでこれなら黒幕はこっちだな」って.で,当たっちゃうんだ.うん,分かってる…….

それにしてもカメルレンゴをユアン・マクレガーが演じたんですね〜.うん,それだけで映画観たくなったかも.
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本日の一冊

オーウェン・ギンガリッチ著,柴田裕之訳:誰も読まなかったコペルニクス;科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険,2005.9.30,東京,中央精版印刷株式会社

ずいぶん前に勧めてもらったのに,読むのがこんなに遅くなってしまいました.申し訳ない.厚さにちょっとビビって手出すの遅れました,ハイ.でも本当に面白くて,もっと早く読んでりゃ良かったです.でもこれを半ばまで読んだあたりで,紀伊国屋Bookwebに「ケプラー疑惑」という本が出ていて笑いました.なんだこのタイミング.

"The Book Nobody Read"。アーサー・ケストラーが『夢遊病者たち』の中で「誰にも読まれなかった本」としたコペルニクスの『回転について』は,本当に誰にも読まれなかったのか.その疑問を追究することを決意した著者が『回転について』を追って「調査」を開始する.

最初は初版の所蔵を網羅すればいいと考えて始めた「調査」は,第二版まで対象を広げ,書き込みを手がかりにそれぞれの来歴を「調査」するまでに及ぶ.その間30年.欧州を中心に図書館,天文台,美術館,修道院図書室.書き込みの主を捜し,盗難に遭った本の鑑定をし…….

なにこの冒険すっげぇ羨ましいんで・す・け・ど!

結局書き込みなどを探るうちに,コペルニクスの『回転について』を「誰も読まなかった本」とするのは誤りだと分かるのですが,コペルニクスの弟子ゲオルグ・ヨアヒム・レティクスが書き込みした本がないというのも面白いなぁと.写本みたいに書き込みまで写していく文化(というのか)だったことを思うと,レティクスが書き込みした本は失われたのか,それともレティクスはコペルニクスの本には「書き込みをしなかった」のか.

時間があちこちするので,ちょっと全体の流れは掴みにくいんですが,個々のエピソードで十分どきどきしました.それにしても,盗まれまくってますね,稀覯本.そういうものなのか…….セキュリティ頑張れ.

こんな冒険してみたいよ.金と地位と語学力があれば……って,なんだそのハードルの高さ、と我にかえりました.
本日の一冊

谷泰:カトリックの文化誌;神・人間・自然をめぐって,1997.3.25,第1刷,東京,日本放送出版協会

大きく三つの章を立ててカトリックについて考察していく本書.

「文化表象としてのカトリック」では,犠牲とミサ聖祭の形式についてや,一神教であるはずのカトリックが,何故聖母マリア崇拝や,聖人崇拝を許しているのかということ,そして他の宗教との比較をしてカトリックを位置づける試みがなされる.

「地中海世界とカトリック」では,聖なる空間としての教会が,人と自然とどう関係して位置づけられているのかを,地中海世界の気候風土的特色を踏まえて考察される.

「歴史のなかのカトリック」では,主に一章で明確に仲介者としての位置づけがされた司祭達の権威と権力,出来上がり度々批判改革される教会制度の流れを追う.

カトリックよりも,形式として仲介者・聖所を必要としない祈りという共通点でイスラムとプロテスタントを見るのは面白いなぁと思いました.物理的に集まる必要のない祈りは,これからも広がるのかそれともある時点で回帰するのか.それとこれを読んでパウロという人物にすごく興味がわきました.この人の力は凄かったんじゃないかなって,今更だけど.
本日の一冊

レイチェル・カーソン,上遠恵子訳:センス・オブ・ワンダー,2001.8.5,東京,新潮社

沈黙の春で有名な(でも実は読んだことない)レイチェル・カーソン.1964年に56歳で死去した彼女のセンス・オブ・ワンダーは,「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」という親向けの連載として執筆&発表された文を,彼女の死1年後に友人達がまとめ,写真をつけて出版したというものです.

この日本語版は,原文も美しく詩的なんだろうなと思わせる,優しく美しい訳文でした.題名となった言葉をわたしは「不思議を見つける感性」と解釈しましたが,「神秘や不思議さに目を見はる感性」と本文では訳されていましたね.

甥(というか姪の息子らしいんですが)のロジャーと視線を合わせて一緒に森や海を歩いて,彼の感じたものを彼女も感じ,なにかを教えることよりも、いっしょに楽しむことを大切にする彼女の考えが全面に現れた本でした.文もきれいだし,短いし,人に勧めたくなる本ですね.

ところで昨日ひとこと触れようとして忘れていたのですが,サイトが33333Hit超えていました.えっと……確か先週? 気づいていなかったわけではなく忘れていただけで.ありがとうございます.のろのろ地味に続いています.キリ番も……リクエスト待ってます! ってね!
本日の一冊

シェイクスピア,松岡和子訳:ハムレット;シェイクスピア全集1,2003.7.10,第6刷,東京,筑摩書店

訳の違いを注記と書いてくれているのはとても親切,とマクベスに続いてハムレットを借りて,自分で持っている福田氏の訳と比べてみたりしました.松岡さんはハムレットを結構体育会系だとおっしゃっておりましたが(快読シェイクスピアかな?),そう,松岡さんの訳だとそういう風に感じました.あー,でもほんまもん体育会系はメモ取り出して,「これは書き取っておこう」なんて言わないか.あくまで「結構」体育会系の範囲なんですね.分かります.

読み直すと,ホレイショーってなんでこの劇にいるのか,劇中の人物とは思えない役ですね.亡霊をきちんと目にすることができて,話しかけて,ハムレットの狂気の理由も分かっていて,でも途中はまったく出てこなかったり.劇中劇のシーン,そして最後の決闘のシーンを見守るんだけど,この人は果たしてハムレット達と同じフィールドに立っているのかと感じてしまうような…….ハムレットは彼の冷静さを羨んでいるというか,尊敬しているようですけど,ホレイショーは劇の中にいる観客っぽい.というか,劇中に紛れ込んだ観客視点なのではないかっていうのは既に指摘されてるところですね.そういう風に読むと,この人の役って難しいんだろうなぁと思ったりました.

そして読み返すたびに,墓堀最高(プルプル)って思う.
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