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ここはゴミ箱です
本日の一冊

水月郁見:幼年学校候補生;護樹騎士団物語6,2007.2.28,初刷,東京,徳間書店

巻き込まれ体質の主人公がようやく護樹騎士団の幼年学校に入団……と思いきやまたも巻き込まれ.同じ候補生達とどたばたする話ですな.表紙は鈴木理華さんなのに,中の挿絵は違う人.……シリーズ途中で表紙絵を変えるのが嫌だったのだろうか.

と,言葉少なで終わっておきます.惰性で読んでる感じなので特にこれといった感想もなく…….
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本日の二冊

村田栞:シェオル・レジーナ:魂の捜索人,2005.7.1,第1刷,東京,角川書店
村田栞:シェオル・レジーナ:魔女の刻印,2005.11.1,第1刷,東京,角川書店

姉から渡されたので読んでみました.うん,面白いと思いますよ.中身は結構しっかりした文章で書かれていて,設定も聖書あたりから引っ張ってきているようですし.ファンタジーらしく加工はしてありますし.しかし自分で買うかと言われれば多分絵で避ける.自分の好みの問題ですが,ちょっとイメージと違うんだよなぁ.

自分的には山羊頭さんが好きですが(いまナチュラルに羊頭って打った),これから出番増えるかな.

そして上記とは関係なく,実は図書館でもう一度借りてユリエ/ルと/グレンを読み返してみたのですが,トリストラムとテレンスの容姿設定ってとっぱじめの1巻に出てたんですね.すっかり忘れている頃に3巻を読んで,「あんま出てなかった(容姿について)」って言ってしまいましたが覚えてないだけだった…….大変失礼をいたしました.トリストラム金髪でした.でも童顔っぽいこと書いてあったからいいか(←何が?).
本日の一冊

朝倉文市:修道院;講談社現代新書1251,1995.5.20,第1刷,東京,講談社

再々読中の修道士カドフェルシリーズの参考になるかと思いまして,修道院の活動理念とその展開を書いてしかも短めの本(ここ重要)を借りてきました.読んだら案外長かったけれども.そしてぎっちり内容詰まっていたけれども.

ひたすらに神を想い,キリストや使徒の姿に倣うことを理想とする人がそれ以外のことにとらわれたくないとして,世俗を捨て,富を捨てて荒野に生きる.しかし自殺とは違うので,ある程度食べて生きていかなくてはならず,食べるには食べるものを採ったり,作ったり,買ったりしなくてはならず,そのため完全に世俗との関わりをシャットアウトすることができないのが現実.本当にマナのように天から降ってくればいいんだろうけれども.

さて,その現実の中にいてそれでもなるべく理想に近づくために,一人から集団へ.世俗と関わりつつも理想の園を守るべく共同生活の場所を.そして集団で狭い場所に集まって暮らすには,集団の中にも戒律が必要で.清貧と,禁欲と,祈りと沈黙と.しかし土地を持てば収穫ができ,収穫ができれば貯蔵して富ができ,富ができれば人が集まり,堕落への道が加速する.

……とまぁ,仲間を集めてわいわいやっているうちは志も共有できるけれども,裾野が広がれば志は伝わりにくくなってしまう.でも本当に一人で生きるってむりなのよね,というジレンマとともに賛美と批判の中で盛衰を繰り返しているのですね.

自分的メモ.カドフェルはベネディクト派修道院の修道士で,マークは修道士出身の司祭(将来は)ということになるんですね.彼らの修道服はクララ(頭巾付修道服)で黒いですが,シトー派は白の上に袖無しの肩衣を纏うという姿です.
本日の一冊

テリー・ファリッシュ作,バリー・ルート絵,村上春樹訳:ポテト・スープが大好きな猫,2008.12.12,第1刷,東京,講談社

題名に惹かれたのと,猫が出てくるというので.テキサスっ子のおじいさんと,何匹目か分からないけれど一緒に暮らしている雌猫の短いお話.元は絵本だったようで,文庫の小さい絵ではもったいない感じ.

魚や鳥を捕まえることはなく,のんびりおじいさんと一緒に釣り船に乗って風を受け,好物は温かいポテト・スープだという変わった雌猫と,そんな雌猫を気に入っているのだけれど,”そんなそぶりは見せない”おじいさん.この距離感は猫好きにはたまらないものがあるのではないでしょうか.

細かいところが面白いおじいさんの家は,郵便受けの下に便器があったり,植木鉢代わりに猫足付きバスタブが使われていたりするんです.もしかしてジャガイモ植えてる?
本日の一冊

ミシェル・ド・セルトー,矢橋透訳:ルーダンの憑依,2008.6.20,初版,東京,みすず書房

先日の「尼僧ヨアンナ」の話のモデルとなったというルーダンの修道院での悪魔祓いの話.それを歴史的な資料から,できるだけ時間軸に沿って追っていこうという本でした.しかし読み辛いため流し読みとも言い難い(三段くらい)飛ばし読みです.

興味のあるところは太字で書かれた当時の資料の訳文.ヨアンナのモデルとなった尼僧院長ジャンヌ・デ・サンジュは勿論,魔法使いとして火刑されるに至ったユルバン・グランディエ,そしてジャンヌの悪魔を自らのうちに引き込んだシュラン神父が書いた書簡などを読むことができました.「尼僧ヨアンナ」でのグランディエの存在は希薄なものでしたが,この本ではグランディエの裁判について詳しく(資料が多かったせいか)経過を追おうとしていました.本人の書簡については,一貫して尼僧達への関わりを否定しているようですね.

憑依とは,とかそれが存在するのかしないのかという議論は置いておいて,単純に本書の中で共感した部分が,「悪魔の言うことは信じられない」というか信じてはいけない,聞いてはいけないというのに,何故「悪魔に告発された」グランディエは火刑となったのか,という.いや,他の魔女狩りとかでも同じなのかもしれないですけど.つまり常に嘘を言う嘘つきが「グランディエとの契約だ」と言ったなら,グランディエは潔白だったのでは? それとも悪魔祓いの過程で「神に命ぜられた」ことであれば悪魔も嘘はつけないのか? そこらへん捩じれているんじゃあないかなというのは著者と同意見.

そして最後の凱旋を思うと,ジャンヌ確信犯説が……女は,コワイ生き物ですよ? まぁ,資料に残っていると言っても真実とは限らないのですから事の真相は闇の中でしょうが.創作心はくすぐられる話ですよね,不謹慎ながら.

あと上記に直接関係はないのですが,確か以前現代で二十代半ばの司祭は珍しいのでは? と書いた(ユ/リエルとグレ/ンに関連して)のような気がするのですが,本書を読むと二十で司祭職というのもあり得るようなので,やはり時代ですね.貴族の三男とか,ひょいひょい司祭になっていた頃もあるんでしょうから.
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